千ちゃんは小心者だ。だからとても用心深い。千ちゃんの家の前は6メートルの2車線の市道だ。昼間は交通量が比較的多いものの、千ちゃんが飲んで帰る深夜には車の通りはほとんどない。でも千ちゃんが通りを横切るときは、遥か遠くに車の明かりが見えただけでも渡ろうとしない。足元がフラフラだから、万が一横断中に転んだりしたら轢かれてしまうかもしれない。だから例え車が数百メートル離れていても渡らないのである。若い頃は街道レーサーを気取り、アイビールックで横浜あたりをスカG転がしていたと本人は言う。元町では金髪の女性をナンパしていたそうだ。通信講座で英会話を習得したというが、今の千ちゃんからは英語も英会話も全く想像できない。昨年、お母さんからミニを買ってもらったのだが、右折するときは、前方から車が来る場合、その車がいくら遠い場所にいても、千ちゃんは右折しない。それだけ用心深い。でも運転は大好きで、坐骨神経津でストレッチをしながらも、毎日のように近所をドライブしていたのだが、お母さんに怒られてキーを取り上げられてしまったのだ。それでも駐車場でブラシ片手に洗車をしている姿をちょくちょく見かける。車のキーを取り上げられながらも、一生懸命車を磨いている千ちゃんは何だか悲しくもあり、滑稽でもある。だいたい毎日アルコール依存症で家族が、といってもお母さんだけだが、心配するほど飲んでいる千ちゃんだ。朝から飲酒運転なんてことになりかねない。やはり千ちゃんにはお母さんが必要なのだ。お母さんもまたしかりである。